誰ぞ彼



「ここら辺は、昔は家なんて全然なかったんだぁ」
「元々はなぁんもない葦原で、昔は港があっちの河の所にあるくらいで」
「俺が子供の頃なんて女郎屋があるくれぇだったんだ、ほれ、あそこに見えるアパートん所だっけかなぁ」
「んで、三十年ごろだっけかなぁ、市が宅地にして売り出したんだよぉ」
「そん後、病院だのなんだの出来て」
「小学校だってそれで子供が増えたから新しく建てたんだよ」
「それも結局なくなったけどな」
「ほんとぁこんなとこ、家建てなきゃ良かったんだよぉ」
「昔ぁ、ほんとに何にもなかったんだから」
「で、ほれ、そこみたいにまた葦原に戻っちゃったんだよな」
「どっかに根っこか種か残ってんだな、強いもんだな」
「あそこにあった地蔵も見つかんないよぉ、海から上がって、また、海に戻っちゃったんだなぁ」
「そこの樹の所の祠は、石だから見つかったんだよな」
「まぁひどいもんだったな」
「小学校に逃げた人は、家に火が着いたのが流れてきて後ろの山に逃げたんだよぉ」
「他ん所は神戸ん時に応援で職員出したけど、ここは出さなかったから指示もなんも出来なかったんだよ」
「なぁんにも出来ねんだもん」
「俺?俺んちは小学校の脇の、お墓ん側の坂上がった所だから大丈夫だったんだけど」
「娘は東京の方に嫁に行ってんだ、足立ん方、孫も大学出てやっと就職したんだぁ」
「宿に帰るの?駅の方だろ?ならあそこの坂を上がった方が近道」
「まだいるのかい、じゃ暗くなるから気をつけてな」